の続きです。その中で、
>手賀沼周辺で、もう一か所行きたい場所が出来たので
と書きましたが、その行きたかった場所と言うのが、この『将門大明神』だったのです。
先日、Xを眺めていましたら、そこに東京にある将門の首塚の画像が流れてきました。
ふと、柏も将門にはけっこう縁があるのよねと思い調べてみたら、首塚ではありませんが、この場所を見つけたのでした。
この場所は、将門死去からすぐに、将門の娘が父の霊をともらうために建てた祠が始まりだそうですね。(940年)
今の社殿は安政6年1859年に再建されたものらしいのですが、壁面の彫刻等が素晴らしいです。歴史を感じさせますよね。
以下はその社殿の画像が続きます・・・・が、






AIは便利。
ちょっと解説してもらいました。
【総欅材・寄棟片流造で、壁面には精巧な彫刻が多数施されているのが大きな特徴。
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「放駒」…関東馬が駆ける姿を彫った名作。
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「隻眼の姫君」…将門が右目を射抜かれて討たれた故事にちなむ。
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ほかに「鶴亀」「金太郎」「巨霊人」など多彩な彫刻が並ぶ。】
えっ!?
そうなのか・・・
こう言うのって、事前にちゃんとリサーチしなくては、見逃してしまいますよね。
特に今はポケポケしてるし・・・・
いやいや、前からか(;^_^A
とりあえず撮った写真をしみじみと見直しました。
「放駒」かな。

「隻眼の姫」


実は真正面から写したものは、載せたけれど‥‥削除しました。
やっぱりなんか不敬な気がして。
正面から撮ったもの彫刻です。

ここの狛ちゃんたちも、古くて風格があるんですよ。





またも大きく載せました。


右が龍光院。左が将門神社です。

実はもう1か所、行きたかったところがあったのですが、道の駅の為に渋滞し始めてて、なんか遠慮してしまい(運転して連れて行ってくれたルート君に)、行けなかった場所の件は、ネットでお借りして載せておきますね。

この地に将門は都を作ろうとしたという伝説があるんですね。
以下は、私がちょっとだけ平将門が気になってしまったかに関連のある過去記事です。
ほとんどがただのお出かけ日記です。
が、将門、興味深い人物です。